アーカイブ:2018年7月

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ある女の子の言い分

あさまやまはいつも だまっているでしょ
ふんかするときだって ことばでおこったりしない
からまつのはやしも しずかです
あきになって たえずおちばをちらすときだって

わたしもここにくると むくちになる
とかいではことばがないと ふあんだけど
ここではすまほをうちにおいたままで わたしはあるきます
だれもいないみちをあるいて かわにあいます

かわはささやくけれど それはヒトのことばではない
わたしはどうして?なぜ?と といかけるのをやめます
だってせかいは にんげんがつくる〈いみ〉でできてるわけじゃないから
にじも にゅうどうぐもも ゆきも わたしはただ だいすきなだけ

ここにいると すっきりひとりになれます
ひとりがさびしくなくなって ひとりのじぶんがすきになる
きょうのゆうやけは すごーい!
ここにいるぜいたくを ゆるしてくれているのは だれ?

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私より先にそっちへ行ってしまった人たちへ

水が滲んできているのに気づきました
空は青くどこまでも澄んで
微風が木々の枝を揺らしています
でも落ち葉が散り敷いた地面に
水が滲み出しているのです
ココロの森は行きつけの場所です
でもまだまだ知らない所がありました
泉が湧いてきていたのです
ココロの森の奥深く
音もなく泉が湧いてきて
流れずに湛えているのです
涙の比喩ではないかとお思いですか
でも私は泣いていません
泣きたいとも思っていません
泉の水は透き通っています
濁っていて当然なのに
揺れながら水に映っているのは
若かりし日のあなたがたの姿
でも私はそれを見ているのではない
泉の水は生まれながらの体内の水と
すっかり混じり合っているから
あなたがたはもう思い出の中にいない
コトバでもイメージでもない水となって
私のからだを巡っています

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暑いのに私の詩を読んでくれる人がこんなにいる!と思うのですが、涼しいところで読んでいる人もいるんでしょうね、羨ましい。私の大好きなアメリカの絵本作家M.B.ゴフスタインのおばあちゃんのはこぶね』(現代企画室)が復刊されました。そこに収められた「最期のことば」に共感し感動したので、皆さんにも読んで欲しいと思ってひとこと。(俊)

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