アーカイブ:2018年6月

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本当の詩集

これまでに本当の詩集に何度か出会った
郵便で届いたのもあるし
路上で金銭と引き換えたものもある
みな控えめな姿をしていた

本当の詩集の中の言葉が
すべて本当の言葉だとは限らない
ただ手書きの文字や活版の活字の群れに
肉声がひそんでいたのは覚えている

本に似ていたが本ではなかった
値段がついていたが商品ではなかった
人間が生み出したものが
人間からはみ出そうとしていたのかもしれない

本当の詩集が荒れ地で半ば泥に埋もれている
だが中の言葉は朽ちていない
本当の詩集を誰かが月面に忘れていった
深い静けさのうちにそれは無言で呟いている

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宇宙へ溢れる

蔦がからんだよその家の壁に
斜めに夕陽がさしていた
道を首輪のない犬が横切って行く
時間が忍び足で夜へと急ぎ
ぼくは雑木林の木の間隠れに
一番星を見つける

此処って何処なんだ
今って何時なんだ
ぼくっていったい誰なんだ
ふだんは気にもしていないことで
ココロとカラダが一杯になって
ぼくは宇宙へと溢れ出す

今立っているこの土の上と
計り知れない星のかなたとが
切れ目なく続いている
遡り切れない過去と限りない未来に
継ぎ目なくつながっている

学校で教わる知識だけでは足りない
読むだけ考えるだけでは足りない
そうぼくに思わせるものは何だろう
気持ちがとめどなく広がってゆく
見えもせず聞こえもしないものへと
梢が指す無数の星々に見守られながら

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不文律

憲法は言葉だ 言葉に過ぎない
誰の言葉か? 国家の言葉だ
そこには我々日本人の言葉も入っているが
〈私〉の言葉は入っていない
私はこういう言葉では語らないからだ

憲法の言葉は上から降ってくる
下から湧いてこない
だから私の身につかない
だが憲法の言っていることを
私は日々の暮らしで行っていると思う

憲法の言葉が行いになるのではない
私の中には言葉のない行いがあるだけだ
そこが憲法の有史以来の古里だろう
私は実は国家というものが苦手だ
国家のおかげで生活しているのは確かだが

生活は生きることと微妙に食い違う
生きるふるまい〈living behavior〉と
死を回避するふるまい〈death avoiding behavior〉
生を二つに区別して考えた学者がいたが
法というものは前者に属していないように思える

憲法の語句を考えるとき
私は国家の決まりの奥にひそむ自分を考える
立派な言葉で割り切ることのできない私は
国家に縛られながら国家に頼りながら
私のうちなる不文律を生きている

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朝のリフレイン

眠っている夜の暗がりから
忍び足で光がやって来る
まず県境にそびえる山のいただきに
それから山麓にひろがる森の
無口な木々の梢に

星々に素早く青空の幕を引き
ソーラーパネルを無言で励まし
笑う赤ん坊の頬にやさしくキスする
どんな小さな隙間も逃さない朝の光に
心は夜の秘密を隠しておけない

朝が大きくのびをするとき
お早うは挨拶から歌へとひろがる
湯気をあげる味噌汁の香り
トーストに溶けるバターの香り
家々の食卓はこれからの一日への祭壇

朝のリフレインは昨日今日明日
まるで初めてのようにいつまでも新しい

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畑にて

泥んこの中から生えてきて
なんで大根はあんなに白いんだと言ったら
土の下から人参がわたしは赤いのよとのたまう
そばでアスパラはほんのり薄緑
日の光はもちろんお喋りなんかしない

そよかぜにくすぐられてヒトはほほ笑み
許されるままにアスパラをつまみ食いして
原子レベルで考えればこれは共食いじゃんかと
頭の中でらちもないことを思っているが
そんな頭はみみずにはまったく無用の長物

地面ていうのはもともとでっかいお皿で
上には食べきれぬほどの御馳走がてんこ盛り
人生は意味において不可解だとしても
味わいにおいては泣きたいような美味しさ
流れ雲がゆったりおれたちを見下ろしている

大根も元をただせばビッグバンから生まれてきて
なんやかんや枝分かれして今や我らは人間
愛の究極は食うことだと手前勝手な理屈こねつつ
いくつになっても大地の乳房にむしゃぶりつく
(そんなこと言えるのも言葉あってこそ)

だが畑をぶらつくこの恵みのとき
言葉はアタマを通らずカラダに直結
ああとかおおとかうーんとか口ごもるだけ
かそけく都市に毛根を下ろすおれたち
せめて大根のごとき確かな脚をもちたいと願う

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