アーカイブ:2014年9月

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選択肢

原稿用紙に鉛筆で詩を清書して編集者に渡す、それが雑誌に掲載され、書籍になって出版されると、何千、何万という数に複製されて読者の手に渡る。その基本は変わりませんが、今それとは違う動きもあります。

スイスの若い詩人、ユルク・ハルターと対詩というのをやりました。数年前はメールを使って詩のやり取りをしたのですが、今回は東京で面と向かってのやり取りでした。でも出来上がった作品が雑誌に載ったり、本になったりする予定は今のところありません。

その代わり私たちが書いている様子が、ライブでウエブを通じて世界中に配信されました。書き終えた作品は、東京と大阪の書店の限定された聴衆の前で、一部がトークとともに朗読されました。作り手が詩を受け手に渡す方法の選択肢が増えているのが、ちょっと不安でもあり楽しみでもあります。 (俊)

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記憶

長いあいだ生きていると、記憶がだんだん積み重なって重くなってくる。近い過去、遠い過去の記憶が、私的な記憶、公的な記憶を問わず、記憶というより現在の現実になっている感じが強くなってくる。もうすんだことなのに、その重みを今の自分が引きずっている。

若いころは記憶がもっと軽かった。切実な記憶も一枚の絵のように自分の内面にしまわれていた。だが年齢を加え、時代が動いて記憶が記憶ではない何かに変質していくような気がする。身近な人たちがいなくなることも大きいが、世界全体の流れの密度と速度が、数十年前と比べても比較にならない。

動き続ける外部に対して、自分の内面をどうブレずに静かに保つか。朝、ゴミ出しをする手足とは少々違うところで、アタマは堂々巡りしている。(俊)

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