アーカイブ:2014年5月

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日常

朝刊が来ると(まだデジタル版にしてないので)、挟まれた広告と本紙を分けて、雨の日はビニール袋も別にして、読み終わったら分別して出す。郵便物が来たら開封して中身を確認して私信、印刷物、雑誌、書籍などに分類して、不必要なものは捨てる。昨夜放っておいた食器を洗う、忘れていた洗濯機のスイッチを入れる、ATMへどこかの会費を振り込みに行く。

日常はほとんど機械的に回ってゆく。大事なことよりもどうでもいいことの方が多い。大金持ちの孫さんだって、超有名なポールだって、しっこうんこの日常から逃れることは出来ないだろう。毎日は地味な地が基本で、その上に時にはドラマティックな模様が乗っかる。

でも何も起こらない、何も目立ったことのない日常、そんな時、ヒトは何にも紛らわすことの出来ない、いのちの裸の現実に触れているんじゃないか。自分が何を目指して生きているのか分からなくなる時間も、人生にはあっていい。そのあたりに詩が隠れていることもある。 (俊)

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【メルマガ】4月のプレゼント

みなさまこんにちは。
4月のサイン本プレゼントの内容が決まりました。
すでに抽選を終えまして、当選者の方には、明日発送予定です。
今月は、絵本のセレクト。
人気の「にじいろのさかな」シリーズから3冊と、
新刊『しんでくれた』をプレゼントいたします。
どうぞお楽しみに!

【プレゼントその1】
『にじいろのさかな しましまをたすける!』
マーカス・フィスター作、谷川俊太郎訳 (講談社)

【プレゼントその2】
『ゆっくりおやすみ にじいろのさかな』
マーカス・フィスター作、谷川俊太郎訳 (講談社)

【プレゼントその3】
『こわくないよ にじいろのさかな』
マーカス・フィスター作、谷川俊太郎訳 (講談社)


【プレゼントその4】
『しんでくれた』
谷川俊太郎・詩、塚本やすし・絵 (佼成出版社)

(スタッフ 川口)

 

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静けさ

「打ち上げる」という言葉がある。興業や集会を終えることだが、同時に声を張りあげるという意味もあるようだ。朗読会などを終えた後、ぼくも仲間と居酒屋での「打ち上げ」に参加することがある。

みんなでまず乾杯、そしてアルコールがまわり出すと、だんだん話し声が高くなっていって、隣に座ってる人と話すのにも大声を出さなければいけなくなる。自分が酔えない体質だというせいもあって、ぼくにはそれがつらい。

騒々しいという言葉を近ごろ聞かなくなった。新聞読んでも、テレビを見ても、世の中がグローバルに騒々しいのが当たり前になっているから、もうこの言葉は死語なのかもしれない。先日今いちばん欲しいものは何ですかというアンケートに、ぼくは〈静けさ〉と答えた。 (俊)

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中也の話

4月29日(ぼくが子どものころはこの日は天長節、当時の天皇の誕生日)、山口で中原中也賞贈呈式の後、川上未映子さんと穂村弘さんの中也についての対談を聞いた。とても面白かった。私生活から作品を読み解こうとする態度を、二人とも疑っていた。

名辞以前という中也の言葉をぼくもしばしば引用しているけれど、賢治の無意識即にも通じる、理性の及ばないところで詩を書こうとしていた中也にとっては、例の有名な小林秀雄、長谷川泰子との三角関係も、詩とは次元が違うもので、そこでの生身の中也を突っつくのは、小説にでも任せておけばいい。

対談の前にあったオープンマイクには沢山の老若男女が参加していたが、その人たちの〈詩〉と中也の〈詩〉のどこが同じでどこが違うのかを考えるのも、ぼくにとってはなかなかの難事だった。 (俊)

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