アーカイブ:2013年6月

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であるとですます

〈である調〉と〈ですます調〉の両方を、ぼくは気分によって使い分けています。であるで始めて、なんだかちょっと上から目線みたいな文章になりかけたら、ですますで書き直すこともあります。もちろん文章の音の流れを考えて混ぜて使うこともある――こんな感じ。

ぼくの『わらべうた』に〈であるとあるで〉というノンセンスな詩があって、これをユニット名にした木管四重奏団のCD『あるでんて』が出ました。武満徹が賢作の誕生を祝って書いてくれた曲や、谷川・林光コンビの校歌、ぼくが楽器に合わせて書いた詩の朗読も入ってます。

ボーナストラックの子どもたちが歌う賢作作曲の〈うんこ〉がぼくは気に入ってます。乞御一聴……これはである調だな、ですます調なら、一度聴いてみてください、かな。 (俊)

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独楽

机の上で独楽を回してます。文字通り独りで楽しんでます。独楽は友人からのプレゼント、ステンレスを精密に削り出したもの。精度表というのが付属していて、公差18.9±0.1に対して実測は18.955、直径を測った立派な数字だと思いますが、ぼくには猫に小判、木の机の上では抵抗が大きいので、陶器の皿の上で回してその姿に魅入られているだけ。

独楽が〈澄む〉という日本語の用法が好きです。まるで静止しているかのように直立して、独楽が回っているのを見ていると、気持ちが静かに透き通ってくる。回転がゆっくりになって独楽が首を振り始め、やがてころんと転がると、かすかに失望します。独楽の存在が人間存在の比喩みたいに感じられる瞬間。

ウェブで独楽を検索してみたら、独楽の世界の広大さに一驚、古今東西の人々が独楽を楽しんでいます。喧嘩する独楽もあります。やっぱり人間って独りで楽しむだけじゃ満足しないんですね。 (俊)

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内田光子

旅先の殺風景な狭いホテルの一室で朝、イヤフォンでモーツアルトを聴いている。曲は選べないが、このAbacus.fmのMozart Pianoというサイトはここのところ、ずっと内田光子の演奏を流している。グレン・グールドのモーツアルトも好きだが、内田光子を聴いたらグールドが野暮ったく思えてきた。美には冷静で強い透明な意志が必要だと思わせる演奏だ。

ウェブでiTunesの〈ラジオ〉や、〈naxos〉からのダウンロードでクラシックを聴いていると、これまで知らなかった曲、知らなかった演奏に出会える。技術の進歩をありがたく思うけれど、ゼンマイの蓄音機で音楽を聴き始めた後期高齢者には、どこかに何かを保留したいもどかしい思いも残るのだ。内田光子を聴いている最中は、そんなことはすっかり忘れているのだが。

Abacus.fmをサポートしたいと思ったが、ひどいジングルで演奏を中断したりするから、やめた。 (俊)

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