アーカイブ:2013年4月

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線のアドリブ

百人ほどのお客さんを前に賢作と私がお喋りしてたら、いきなり望月さんが出てきて背後の壁に線を描き始めた。線の流れはアンダンテだが、描いていく早さはプレストだ。なんの形だろうと思っていたら、望月さんが線の中にちょんちょんと目鼻をつけた、あっと思った。

『せんはうたう』の絵はみんな、こんなふうに描かれていたのだと分かった。望月さんは何かの形を描くというよりも、線の自発的な即興の動きを楽しんでいる。絵と音楽の違いはあるが、賢作のピアノのアドリブとも響き合うもの、二人とも酒好きだがそこにあるのは、素面のintoxicationだと思った。(俊)
2013/04/13〈大分サリーガーデン望月通陽ミュージアムにて〉

※『せんはうたう』(ゆめある舎刊)は、ナナロク社ホームページでお取り扱いしています。詳しくは、こちら

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竹針

詩が読みたくなることはほとんどないが、音楽が聴きたくなることはしょっちゅうある。喜怒哀楽から離れた感動という心の状態を初めて体験したのも、音楽によってだった。1940年代、音楽を聴く手だてはNHKの放送か、でなければ重くて割れやすい78回転のSPレコードだった。

それが33回転のLP、45回転のEPになって音の生々しさが革命的だったし、多様なジャケットデザインも楽しめた。同時にオープンリールのテープレコーダー、カセット、CD、MDと音楽を運んできてくれるメディアはどんどん進化して、今やパッケージで音楽を聴く時代ではなくなりつつある、とか。

iTunesやRadistarやNaxosで、未知の名曲をストリーミングで聴いているうちに、手巻きの古い蓄音機が懐かしくなって、とうとう1台買い込んでしまった。竹針を削ってレコードを裏返すのも悪くない。(俊)

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アラスカのワスレナグサ

打ち合わせや取材で、多くのお客さんが出入りする俊太郎さんのお宅。
先日は、イラストレーターの下田昌克さんがこんな可憐な花を片手に
遊びにきてくださいました。

これは、アラスカのワスレナグサだとか。びっくり!
実は二人は、以前に雑誌の企画で、アラスカに一緒に旅した仲なのです。

そして、お気に入りのキャラクターを手に、
満面の笑みをたたえる二人の男子!
(下田さんが手にしているのは、グレムリンのギズモのペンケース、
俊太郎さんのは、自作『ワッハワッハハイのぼうけん』に登場する
キャラクター、「ピンクのゾウ」。
和田誠さんの絵をもとに、ぬいぐるみ化された激レア・アイテムなのです)

2013年2月号から、雑誌「HUgE」での新しい連載も始まりました。
下田さんのつくっためちゃくちゃカッコイイ「かぶりもの」、
藤代冥砂さん撮りおろしの躍動する写真、
そして俊太郎さんの詩(これも書き下ろし!)。
刺激的で贅沢なこの連載、ぜひ、チェックしてみてください。
予想を軽々裏切られること間違いなしです。

それから、この日、下田さんから見せていただいた1冊の本がとても美しく、印象に残ったのでご紹介したいと思います。
『Today(今日)』(福音館書店、伊藤比呂美・訳、下田昌克・画)。

帯を外すと、布張りの美しい表紙に、英文の原詩が全文記されています。
プレゼントにもぴったりの、心にくいデザインですね~。
詳しくは、こちらをどうぞ。

この日、下田さんと俊太郎さんの、
まちがいなく前代未聞(!)の、驚きのツーショット著者写真も
撮影しました。こちらは、これから出る新刊の絵本に使うのだとか。
乞う、ご期待! (川口)

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片言隻句

ふと目に留まった短い言葉がすとんと胸に落ちることがある。とうに分かっているつもりのことが、新しい表現のおかげでより深く身につくとでも言おうか。「幸せ、愛、哀しみ、さみしさ。/それらを遠くに届けるには、色、におい、触った感じ、かすかな音が必要になる。」

筆者はラジオドラマ脚本家。「音だけで表現するときに最も大切なのは、具体的であること。抽象的な表現は、鉄の玉のように遠くへ飛んでいかない。」ぼくもラジオドラマで飯を食っていた時期があったから、この言葉はよく分かる。だがこの言葉は、耳で聞くラジオドラマだけでなく、目で読む詩にも当てはまると思う。

詩句の意味が伝わることはもちろん大切だが、詩は法律や契約の文章と違って、言葉が伝える意味以上の要素によって詩になり得ている。それが詩を〈遠くへ〉飛ばすのだ。ラジオドラマでの〈間〉、詩での〈行間〉、そこに言葉を遠くに届けるものがひそんでいる。片言隻句の妙味も言い過ぎていないところにある。(俊)

*北阪昌人〈小さくてずっしり重いもの〉「ひととき」2013/2 

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サイン

サイン会なるものが、物書きにも要請されるようになったのがいつ頃のことかさだかではないけど、ぼくの場合は草思社から出た〈マザーグースのうた〉が、ベストセラーになった70年代が始まりだった。始めのうちはサインペンの色を変えたりして楽しんでいたけれど、度重なるとなんだか流れ作業のようで、ストレスになってきて自分の名前なのに間違えてサインしたりする。

翻訳本によってはローマ字でサインすることもあって、これは漢字よりはるかに楽。でも詩集には似合わない。そこで考え出したのが〈俊〉一字に〈TS〉というハンコの組み合わせ。見た目も悪くないので、これからはこんな省エネサインをすることになるだろう。

ところで何年も前に、このハンコを作ってぼくに贈ってくれた白羊さんの連絡先が分からなくなっている。もしこれを見て連絡してもらえたら嬉しい。(俊)

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