アーカイブ:2012年10月

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思い立ってナナロク社へGO!

みなさまこんばんは。
軽井沢撮影日記、「1」ってタイトルつけたのに
なかなか更新できずにすみません……。

その間に続々と、着々と俊太郎さんから
「立ち話」原稿が送られてきまして(さすがプロ!)、
どうしよう、負ける!(何にって話ですが)とあせっていた
今日このごろです。

ちょっと順序が前後しますがせっかくのブログ、
なるべくタイムリーな話題を…ということで昨日の出来事を少し。

2008年、ナナロク社の記念すべき第1冊目として刊行させていただいた
『生きる』(詩・谷川俊太郎、写真・松本美枝子)が、
このたびめでたく4刷となりました!

ナナロク社からHPで直販する書籍については、
可能な限り、著者のサイン本でお送りするようにしているのですが
『生きる』のサイン本がもう在庫ゼロとの情報が。
それを小耳にはさんだ俊太郎さん、
「じゃあ今からナナロク社にサインしに行こうかな」。

おおおー!
というわけで、急遽、来社していただきました。
サラサラとサインすること50冊余り。
途中で珍しくカラーマジックも使ったりして、サイン終了。
このカラーマジックサインは、ちょっとレアですね。
ついでに『ぼくはこうやって詩を書いてきた』(谷川俊太郎・山田馨)も
10冊ほどサインしていただきました。
サイン、早い早い。サインを終えて、余裕の俊太郎さん。

サインをいっぱいした後は、待ちに待った夜ごはんタイム!
今日はお好み焼き、広島風です。
「おたふくソースをかけると美味しいよ」(俊太郎談)

最後に、お店の前でパチリ。
俊太郎さん、おつかれさまでした!

サインしていただいた書籍は、ナナロク社HPで絶賛販売中!
ご希望の方は、お早めにどうぞ。 (スタッフ)

ナナロク社HP http://www.nanarokusha.com

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英語

うちの父親は哲学を勉強した人だったから、本棚にはドイツ語、フランス語、英語の本が並んでいた。読むのは不自由しなかったと思うが、留学経験がなかったから、喋るのはその頃の学者の常として苦手だった。家族でハワイへ旅したとき、口の中でもごもご言っているので何かと思ったら、英語で道を訊く練習をしているのだった。

小学生の頃、白糸の滝という観光地ですれ違った外人が、父に向かって〈How do you do〉と言ったのを聞いたのが、生の英語に接した最初だ。その時は母のほうが挨拶を返したように覚えている。母は同志社でアメリカ人の女性教師に可愛がられて、英語で短い論文など書いていたから、少しは喋れたのだろう。母はその女性教師の腋臭に閉口したそうだ。

私の英語は高校止まりで、あとは〈ピーナッツ〉の翻訳や、時折の海外旅行で実用的に覚えただけのものだから、詩や文学を語るときは必ず同時通訳をつけてもらう。一つくらいは母語以外の言語を身につけたいと思っていたが、日本語にかまけているうちに、その機会を逃してしまった。(俊)

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ゴミ箱

使い勝手のいいゴミ箱を探している。私が子どものころは、生ゴミは庭に穴を掘って埋めればすんでいたし、紙や布などは家の前にある木製の黒いゴミ箱に入れておくと、〈屑屋さん〉が持っていってくれた。まだビニールやプラスチックなどは発明されてなかったころだ。

第2次大戦が終わってアメリカ文化/文明がどっと流れこんできたとき、節約を旨としていた母が〈捨てる〉文化に開眼したことを思い出す。使い捨てて新たに買うことが経済を活性化することは、私も分かっているつもりだが、〈もったいない〉なんて言葉が復活すると、気が削がれる。

可燃ゴミ、不燃ゴミ、プラ、資源ゴミ、瓶、缶etc、分別もだんだん複雑になってくる。外で食べることが多く、うちではほとんど料理をしないので、少ない生ゴミはもう紙類といっしょに大きな屑篭に入れてしまうが、あとのゴミは狭いキッチンの隅に仕分けして置くしかない。殺風景なゴミ箱も避けたいのでネットで検索したら、ゴミ箱、いやダストボックスは百花繚乱、いまだにどれにするか決められない。(俊)

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食べる

1966年にハンブルグでビートルを買って、西欧を12000キロ旅して回った。美食家の父親に反発したせいもあって、その頃から食べ物には凝らないほうだったが、初めてのパリでは一軒くらいはミシュラン四つ星のレストランを体験したいと思って、〈グラン・ヴェフール〉で海藻を飼料にするというラムを食べた。それも美味しかったが、給仕する老人が、メニューにもワインにも無知な異国の若い客を馬鹿にせずに、ごく自然に気を遣ってくれたのが、今も記憶に残っている。

年とってからは基本的に玄米菜食がからだに合うようになった、と言っても食べたくなったら、デニーズでヒレカツも食べる。またいつの間にか、1日1食というのも無理なく実行できるようになってきた。ときどきズルしてるけれど、晩ご飯の時間が待ちきれない、その空腹感が生きる幸せに通じる。だが粗食に慣れてくると、つきあいが悪くなる恐れがあるから、1日1食も玄米菜食も好い加減をモットーにしている。(俊)

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北軽井沢撮影日記 その1

厳しかった残暑も去り、はや10月。
ツイッターに、「北軽井沢での撮影の模様をレポートします」と
告知しておきながら、すっかり時間がたってしまいました。
(ゴメンナサイ!)

北軽井沢での撮影の裏側を、何回かに分けて、
少しずつ紹介していきますね。(写真はスタッフ撮影)

まずこちら、北軽井沢のバス停まで迎えにきてくれた俊太郎さん。
鮮やかなハンドルさばきに、一同、ひそかに胸キュン!
助手席に座っているのは、写真家の川島小鳥さんです。

 
近所を散歩しながら、リラックスした雰囲気の中でゆったりと撮影スタート。

左)トップページの花と俊太郎写真、撮影現場。
右)新しい本のために、最近写真を撮りためているという俊太郎さん。
カメラを向け合う二人!

 

トップページの横顔の写真は、この滝で撮影されました。
光の降り注ぐ水辺で。













次回は、あの卓球写真撮影の様子と、楽焼き体験の模様をお届けします。













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文房具

鉛筆に400字詰め原稿用紙というのが、詩を清書するときの定番だったが、いつの間にかキーボードで打ったものをプリンタで出力するようになった。以前から文房具に凝るほうではなかったから、たまに愛用の文房具は?などというアンケートが来ると困惑する。でも文房具一般にはやはり物書きであるせいか興味と愛着があって、用もないのにぶらついて消せるボールペンとか紙で綴じるステープラーなど買ってしまう。

ぼくの父はよく風呂の中で母に口述筆記させていた。母が使っていたステットラーのシャーペンは、今のものと違って芯が太くて柔らかく、余計なものが一切ついていない真っ黒の機能的なものだった。事務的な些事が多くなったこのごろは、筆立てが机ごとに置いてあって、黒赤のサインペン、鉛筆、ボールペン、鋏、ペーパーナイフ、サイン用の筆ペンetc.が入ってる。そう言えば筆立ても文房具のうちだね。これは安い東南アジアの民芸、高い日本の民芸、グッドデザイン、スヌーピーグッズなど種々雑多。(俊)

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