アーカイブ:2012年9月

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日常

私たちはふだんほとんど意識せずに、寝たり起きたり、食べたり飲んだりしているけれど、そういう日常生活を毎日毎日つつがなくくり返すということは、人間の生きる目的のひとつと言っていいんじゃないか。もっと大きな目的のために日常はあると考える人も、しっこうんこをせずに生きてゆくことはできない。どんな劇的な非常時にも、私たちは結局日々の日常を生きるしかないんだ。

長いあいだ詩を書いていると、詩を書くことも日常生活の一齣になってくる。詩そのものは非日常の世界に属していると思うけれど、書いている私は別にラリっている訳ではない。日々の生活をないがしろにせず、面倒くさがらずに些事をこなすことも、詩を生む土壌につながってると思う。自分のことは棚にあげてるけど。(俊)

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俊太郎ポストカード(非売品)作成中!

前回のこのコーナーでもご紹介した、
DVD「詩人 谷川俊太郎」(発売元:紀伊國屋書店)。

このDVD発売を記念したイベントが、9/25(火)19:00より、
紀伊國屋書店サザンシアターにて開催されます。
1000円の参加費で、DVDのダイジェスト版上映(約30分)と
俊太郎さんのトーク、詩の朗読、
サイン会(先着150名、対象商品に限る)まで
盛りだくさんで楽しめるプログラムになっています。
残席も少なくなってまいりました。
参加ご希望の方は、どうぞお早めにお申し込みください。

イベント詳細は、こちら

さて。
イベントチラシに控えめに書いてあるこの告知、
みなさんお気づきになりましたでしょうか。

「当日会場ロビーにて、DVD『詩人 谷川俊太郎』ほか
対象書籍をご購入の先着150名様に整理券を配布いたします。
また、DVD・対象書籍をご購入いただいたお客様には
オリジナルポストカード(撮影:川島小鳥)をプレゼント!

そうなのです、このサイトのトップページにも使われている、
川島小鳥さん撮りおろしの俊太郎さん写真のポストカード(非売品)を、
対象商品をお買い上げのお客様にどどーんとプレゼントいたします!
写真があまりにも素敵なので、つい、はりきって
4種類もポストカードをつくってしまいました…!
どれが当たるかは販売スタッフにお任せください。

ポストカード用に選んだ写真は、こちら。(写真:川島小鳥)

当日ご参加のみなさん、どうぞお楽しみに! (スタッフ)

サインとポストカードプレゼントの対象商品は以下の2種類になります。
いずれも会場内での販売に対する特典です。
ポストカードの絵柄は、選ぶことはできません。あらかじめご了承ください。

■DVD「詩人 谷川俊太郎」(紀伊國屋書店)http://forest.kinokuniya.co.jp/ItemIntro/710486

■書籍『ぼくはこうやって詩を書いてきたー谷川俊太郎、詩と人生を語る』(ナナロク社)
http://www.nanarokusha.com/books/bokuha.html

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本 3

本には書き込みはしないが、ときどき傍線は引く。定規で引く人もいるが、あまり真っ直ぐな傍線は味気ない。傍線を引いた一節に対して感じた心の揺れが、どこかへ行ってしまう。ちなみに一昨日傍線を引いたのはこんな箇所。

「私たち現代人は既に西洋的な時間の果てにまで辿り着いており、以後はそうした意味での時間を超えて、より穏やかなそれへの回帰へと進んでいかねばならない」「文化には循環的な時間と逆戻りできない時間という二つの時が存在しているのではないか」

エドガール・モランという哲学者、社会学者の故加藤周一さんについての発言からの引用。翻訳は福田裕大。こうして抜き出してみると、傍線にはインデックスとしての機能もあることがわかる。昔読んだ本に引かれた傍線は、当時の自分の精神状態を思い出すよすがになる。(俊)

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本 2

全集というものが好きになれない。作品よりも作者のほうが嵩高くしゃしゃり出てくる感じがあるからだろうか。全集を出さないかという誘いを受けたことはあるけれど、まだ書くのをやめた訳じゃないから、いま出しても全集にはなりませんと理屈をつけて遠慮した。

でも全詩集に類するものは何度か出している。これは過去の作品を1冊にまとめておくと、何かと便利だからというアーカイブ的な機能があるからで、それは当然ある時点で電子メディアに移行した。半世紀近く書き続けてきた詩が、CD1枚に収まったのが快感だった。私は身軽なのが好きなのだ。

でももし今度出すとしたら、詩も物の形をとらないで、データとしてダウンロードされるんだろうね。それは少々頼りない、本はデータを運ぶだけのものじゃないから。(俊)

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本 1

旅先の書店で〈エミリー・ディキンスンの詩に癒された人々〉*という副題のついた本を見つけた。ディキンスンの詩は昔から気になっていたが、私はむしろ〈詩に癒される〉とはどういうことかに関心があった。音楽に癒された経験はあるけれど、詩に癒された経験はほとんどなかったし、詩が人を救ったり癒したりできるものかどうか、ずっと疑ってきたから、3・11以後のメディア上での詩の賑わいに私は戸惑っていたのだ。だがこの本を読むと9・11以後のアメリカでも同じように人々が詩を求めたらしい。大災害、愛するものの死、別離、身体的苦痛、深いトラウマなどに苦しむ人々が、詩の言葉に癒されることがあるのは、この本に集められたいくつかの具体的な証言からも明らかだ。だが詩を書く者としての私は、次のようなディキンスンの詩句にもっとも共感した。

 壊れてしまった心に/誰も立ち入ることは出来ない/自身の苦しみという/                              
 高価な特権がなければ     (俊)

*『空よりも広く』 彩流社2012

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