今週の一篇

あさ

めがさめる
どこもいたくない
かゆいところもない
からだはしずかだ
だがこころは
うごく

めがみる
ゆきがふっている
みみはきく
かすかなおと
ひとじちが
いきをしている
どこかで
いま

だれでも
しっている
いきものはいつか
しぬ
いのちは
いつも
あやういのに
きもちはまぎれる
そらのくもに
そよぐくさきに
うたに
よろこびに

そんな
じぶん
そんな
いきもの
しぬまでの
とき…

しんだあとの
ときへと
こころは
うごく
からだに
しばられながら
からだを
よろこんで
どこも
いたくない
あさ

からだは
ここにいて
こころは
うごく
どこまでも
いつまでも

 

初出『emotion』
* * * * *

こぼれる

別れると心に決めた日
それは本当に別れた日より何年も前だったが
ぼくは運転しながらカセットを聴いていた
子どものころ母が時々弾いていた旋律

子ども時代が懐かしいわけじゃなかった
ただ音楽のおかげでこれまでの時間を
いまの感情を離れて見晴らせるようになった
眼が涙でかすんできて車を止めた

死ぬ前に走馬灯のように過去が見える
ほんとかどうか知らないがそんな感じで
カセットは止まったのに
記憶はとりとめなく動き続けた…

その日から三十年余が過ぎた
別れたひとはもうこの世にいない
哀しみにくるまれていた歓びの思い出
束の間へと切り刻まれる永遠

人生は言葉からこぼれ続ける
物語も劇も置き去りにして

 

初出『悲劇喜劇』2018年11月号
* * * * *

かわいそう

わたしはともだちにうそをつくけど
おとなってじぶんにうそをつくのね
わたしはからだがちいさいけど
おとなってこころがちいさいのね

わたしはのはらであそびたいのに
おとなってほんとはおかあさんの
おなかのなかにもどりたいのね
それなのにおかあさんはもういない

おとなってこどもよりずっとずっと
かわいくてかわいそう

 

初出『子どもと大人 ことば・からだ・心』見田宗介、河合隼雄、谷川俊太郎(岩波書店)
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