引き出し

生き生きと

詩ってむずかしいもんじゃないよ、楽しいもんだよ。とくに声に出して読むとね。でも詩って大きな声で読めばいいっていうもんじゃない。ときにはささやくように読むほうがいいこともある。だからまずはじめは、声に出さずにだまって心の中で読むのがいいかもしれない。そうやって自分がどんなふうに声にしたいかを感じとるんだ。ひとりひとり違った読みかたでいい。読む早さも、ちょうしも、どこに力をいれるかも、まず自分で考える。きれいに読む必要はないんだ。なまりがあるのもおもしろい、まちがえたってかまわない、その詩が好きでありさえすれば。好きじゃない詩は好きじゃないって言っていい。みんなで声を合わせて読むときも、あんまり声がそろうと、へんなふしがついてしまってかえって詩が死んでしまう。詩のことばを自分のことばにして、聞いてる人にたいせつにとどけてほしい。悲しいときも、苦しいときも、元気なときも、気どらずに生き生きと詩を楽しんでほしい。おとなになってからもね。

(初出不明)

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谷川さんがパソコン執筆に移行する前、〈ワープロ時代〉に書かれた原稿。子どもたちに向けて書かれた文章ですが、これはそのまま、非常に具体的・実用的な詩の楽しみかたの提案にもなっています。ぜひお試しを。(スタッフ 川口)

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まどさんのこと

一度奥様とご一緒のまどさんとお会いしたことがある。まどさんが奥様を連れていらしたというふうには見えなかった、かと言って奥様がまどさんを連れていらしたというのとも違う。失礼なたとえかもしれないが、猛獣ではない柔和なあまり大きくない動物の夫婦が、連れ立って森から出てきたような感じだった。ちょうどお引っ越しの前だったので、そのことについておたずねすると、奥様がいろいろお話しされたが、まどさんは例によって無口だった。実際的なことはすべて奥様まかせであるように見受けられたが、私にはそれが奥様が世間からまどさんを守っているというふうに思えた。

そのときのまどさんをめぐるテレビ番組で、まどさんはライトを浴びてただ黙って座っているだけという出演の仕方をされた。私ならきっとぺらぺらと自作を解説してしまうだろう、かなわないなあと思った。まどさんの詩はとても静かだ、その静けさがそのまま、まどさんの生きる姿だ。お喋りからほど遠い詩だが、まどさんの詩は決して単純でも訥弁でもない、考え抜かれた短い言葉が、まどさんという人間をまるで彫刻のようにくっきりと私たちに見せてくれる。

私は自分の書いたものをまどさんに読んでもらいたいので、時々本を送ることがある。するとすぐお礼の葉書がとどく、その文面にいつも私は冷や汗をかく。まどさんは私の書いたものを褒めて下さるのだが、褒められれば褒められるほど、私は自分という人間について考えこんでしまう。こんなことを言っては、まどさんにご迷惑だということは十分承知しているのだが、私はいつもまどさんの詩を通して、まどさん自身に会っている、そしてそこに浮かび上がってくるまどさんの澄んだ生き方を、ついつい自分のじたばたした生き方と比べてしまう。私は詩人という存在にずっと疑いの念をもってきたが、まどさんを思うとき、そんな私にも勇気が湧いてくるのだ。

(『ミセス』掲載)

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谷川さんの記憶によると、「まどさんの展覧会の特集記事が雑誌に載ることになって、それに寄稿したものだった気がする」とのことです。2014年に104歳で亡くなったまど・みちおさん。谷川さんは「好きな詩人」にまどさんのお名前をたびたび挙げ、まどさんについての文章もいくつか書いています。(スタッフ 川口)

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「芝生」について

芝生

そして私はいつか
どこかから来て
不意にこの芝生の上に立っていた
なすべきことはすべて
私の細胞が記憶していた
だから私は人間の形をし
幸せについて語りさえしたのだ

(『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』所収)

この短い詩が紙の上に現れたとき、呆然としたのを覚えている。自分が書いたものだとは思えなかった、どうしてこういうものができたのかも分からなかった、いい詩なのかどうかさえ自信がなかった。いわばこの詩は私の深層意識から、夢遊病的に生まれてきたのだ。しかしだからこそ、この詩は私という人間にひそむ「エイリアン」の存在を明らかにしたのだとも言えよう。私自身はこの詩を好きと言うのにはためらいがあるが、奇妙な魅力を感じ続けているのも確かだ。おそらく多くの読者も同じような感想をもつのだろう、批評家によってもしばしば私の代表作のひとつとして取り上げられている。

(初出不明)

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谷川さんの家の、「エッセイ」と書かれた箱に放り込まれていた短い文章です。詩「芝生」は1973年に発表された作品ですが、いまも変わらないみずみずしさを感じます。
(スタッフ 川口)

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