不文律

憲法は言葉だ 言葉に過ぎない
誰の言葉か? 国家の言葉だ
そこには我々日本人の言葉も入っているが
〈私〉の言葉は入っていない
私はこういう言葉では語らないからだ

憲法の言葉は上から降ってくる
下から湧いてこない
だから私の身につかない
だが憲法の言っていることを
私は日々の暮らしで行っていると思う

憲法の言葉が行いになるのではない
私の中には言葉のない行いがあるだけだ
そこが憲法の有史以来の古里だろう
私は実は国家というものが苦手だ
国家のおかげで生活しているのは確かだが

生活は生きることと微妙に食い違う
生きるふるまい〈living behavior〉と
死を回避するふるまい〈death avoiding behavior〉
生を二つに区別して考えた学者がいたが
法というものは前者に属していないように思える

憲法の語句を考えるとき
私は国家の決まりの奥にひそむ自分を考える
立派な言葉で割り切ることのできない私は
国家に縛られながら国家に頼りながら
私のうちなる不文律を生きている

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